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大和神社は日本最古の神社です。御祭神は日本大國魂(やまとおおくにたま)大神です。大和神社の公式サイトで、由緒・祭典・神事の予定・各行事の動画紹介等を行っています。

TEL. 0743-66-0044

〒632-0057 奈良県天理市新泉町306

「ちゃんちゃん祭り」の見どころNEWS&FAQ


はじめに

 大和(おおやまと)神社では、毎年四月一日に神幸祭が行われます。
 通称「ちゃんちゃん祭り」と呼ばれる祭りである。
 この祭りは、三月二十三日から四月二日までを祭りの期間として、氏子の奉仕のもと営まれている。
 祭りの展開は、次の通りである。
  三月二十三日  宮入り
  三月三十一日  宵宮渡り・宵宮祭
  四月一日    御渡り(神幸祭)
  四月二日    後宮祭(神楽祭)

 祭りの中心をなす神幸祭は「お渡り」と称される。
 お渡りの行列は、大和神社の神輿(以下本社神輿と呼ぶ)と境内摂社の増御子神社の神輿を中心に仕立てられ、100メートルほど続く。
 行列は、大和神社から中山町の御旅所まで渡御し、お旅所での祭祀ののち同じ道を還御する。
 左右に田畑の広がる道を進んでいくお渡りは、諸役によって装束や捧持の品が異なり、さながら大和の春に彩りを添える風物詩となっている。



ちゃんちゃん祭りの歴史

 輿御渡大祭の起源は詳ならざれども、下記により西暦1407年以前から斎行されていた。

《尋尊大僧正記》にちゃんちゃん祭りの記録あり
  1459 永禄3年4月1日 今日、大和神社神事也 (永禄3年4月1日の日記)
  1481 文明13年4月1日 昨日、大和神社神事 神輿二基御出(文明13年4月2日の日記)
  1491 延徳3年4月1日 大和明神祭礼也中山寺に神向 (延徳3年4月1日の日記)
 また、元御輿御休所の台石に応永14年3月20日(1407.3.20)とあるのでこれより以前であるか。
 一鳥居前にある社標の台石は、かって神幸のときの神輿の台石として使われていたもので、側面三方に各狭間が刻まれ、他の一面に陰刻銘がある。
 中央に「大和大明神」、両側に「応永十四年(1407)三月廿日、大施主桑門俊印」とある。石は、方形の花崗岩で高さ64Cm、幅87Cm。
 寛政三年(1791)の「大和名所図会」には一の鳥居中央下に描かれている。
 


通称「ちゃんちゃん祭り」の名前の由来

 明治維新前は、いずれの神社にても、両部合体の風習にて、僧侶等も祭禮には預かり居れり、此神社にても、北之坊と云える僧舎ありて、毎年四月朔日に行われる、御神輿渡御の節には、この住僧も共に共奉せしたる。
 そして、此住僧が、中山村の小川(今にこの川を「ちゃんちゃん川」と呼ぶ)の畔に至りしとき、頓て御神輿が御旅所へ御安着たりければ、それを合図に、「ちゃんちゃん」と鉦を撃し故に、「ちゃんちゃん祭り」と唱える、起源とはかりしと云う



「ちゃんちゃん祭り」の意義

 お渡りには、本社と増御子社の二基の神輿が出御します。
お旅所での祭祀では、その終わりに神輿の前で兵庫町の龍の口舞と新泉町の翁の舞が行われます。

龍の口舞は、子供二人が龍頭を持っておこなうものです。
龍頭は龍神・水神とのかかわりが考えられます。




 また、一方の翁の舞では、翁役が農耕の所作を演じたのち、新泉町の参加者全員が樫の葉を一握りづつつかんで円陣を組み「オーミタラシノカミ ワー」の掛け声とともに樫の葉を頭上に舞い上げる。
 この樫の葉は雨を表すものだという。


この、二つの舞は、ともに水にかかわるものです。
 両舞には、農耕上必要な順調に降雨の獲得とそれに基づく穀物の豊かな稔りへの祈願が込められています。



頭屋

 大和神社の氏子地区(大和郷)は、神社周辺に散在する長柄町・三味田町・佐保庄町・萱生町・兵庫町・新泉町・成願寺町・岸田町・中山町の九町である。
 頭屋は、各大字を代表して神を祀り、敷設物の準備・神饌の調達を行い、大字の人たちを率いて祭りに奉仕する。
 頭屋の称は、その人をさすと同時にその家に対しても用いられる。
 現在の頭屋は、氏子地区の居住者全戸が対象に、平等に回るようになっているが、各大字により回し方は区々である。
 しかし、むかしは、頭屋を務める家筋が決まっていたという。「頭屋筋」「宮座」「座筋」などの称で呼ばれていた。




頭人児

 十歳くらいまでの男の子で、頭屋一軒につき一人ずつ出、頭屋の子供が務める。但し、中山町・成願寺町は、頭人児の供奉はありません。

 もし、頭屋に該当の子供がいない場合は、親戚や近所から借りて、務める。
 「頭人児」は、「カミ(神)サンの子」だとも言われています。





千代山鉾

 往昔御例祭日には勅使の御参向ありて、神輿のお渡りに加はらせ給ひしを、永禄中兵乱により、勅使の御参向なかりければ、其れより其御代りとして此「千代山鉾」を捧持して、供奉する由縁なりという。


 「千代山鉾」は、勅使の代わりです。この「千代山鉾」は、勅使御参向のとき宿舎を提供していた、兵庫町の常持ちです。






梅ズワイ

 梅ズワイは、花の付いた梅の小枝で、お渡りの前方で、新泉町の常持ちで供奉する。

 この梅ズワイの由来は明らかでないが、梅ズワイは、行列を先導して、露払いのものと言われている





バナースペース

大和神社

〒632-0057
奈良県天理市新泉町306

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御朱印